Apr 15, 2010
北海道の象徴サッカーユニフォーム
七五三の写真を撮影する。息子は、北海道の象徴サッカーユニフォームを着て撮影。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に椅子に座った。すべて同じ色の服をまるでペアルトクイオトダ。北海道の象徴サッカーユニフォームおじいちゃん、おばあちゃん、他の服にしてくれたらよかったのに。記念に残った写真は、同色で変化がない。スポーツクラブは現在、多くの私も通っているが、会員制の月会費が気になります。フルタイムで仕事をしており、休日や仕事帰りにスポーツクラブに行く人と仕事をしていない主婦が朝から晩までスタジオレッスンのはしご送り続けている人と、会費が変更されない問題だと思います。月会費を時間で割った場合、大きな差が生じると思います。
平井伸治知事は8日、広島県庁で同県の湯崎英彦知事と知事会議を行った。両県の共通課題についての認識を深めるのが目的で、両知事同士が意見交換をするのは初めてという。
県企画課によると、会議では、障害者に優しいまちづくり▽首都機能の分散▽大規模災害に向けた高速道路ネットワークの整備▽観光イベントの連携−−などについて話し合ったという。
湯崎知事は、中国人などをターゲットに、中国地方で連携して観光に取り組む必要性を強調したという。【遠藤浩二】
8月9日朝刊
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ロシアの原子力潜水艦に使われていた金属スクラップが、長崎で平和を願うオブジェに生まれ変わり、同市寺町の皓台寺(こうたいじ)で展示されている。9日まで。
皓台寺の大田大穣住職は05年、宗教指導者や被爆者ら135人と広島原爆の火を携え、米サンフランシスコから世界で初めて核実験が行われたトリニティーサイトまでの約2500キロを歩いた。その様子をマット・テイラー監督が、ドキュメンタリー映画「GATE」にした。
監督は、寄付金で核兵器を解体する団体の代表も務め、興行収入の一部で、独、伊政府などが協力しているロシアの原潜解体に参加。7月、そのステンレス部品のうち400キロを諫早市の鋳物会社「峯陽」が溶解、金属塊(長さ50センチ、重さ約9キロ)21本と卵形オブジェにした。今後、アクセサリーなどに加工、販売されるという。
来崎したテイラー監督は「20世紀はたくさんの金属を武器にしたが、21世紀は命を与える卵に生まれ変わった。核兵器を一つずつ解体していきたい」。同社の原田功社長は被爆2世で「平和の輪を広げていきたい」と語った。【蒲原明佳】
〔長崎版〕
8月9日朝刊
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◇「核を創り使う愚かさ訴えたい」
長崎原爆で被爆し、1958年3月に解体される直前の浦上天主堂(長崎市本尾町)を水彩画やコンテで描いた画家、一瀬(いちのせ)比郎(ひろう)さん(77)=長崎市戸町=が、38作品を収めた画集「傷壁 失われた原爆遺構 旧浦上天主堂」(長崎文献社発行、2100円)を出版した。白血病を患う一瀬さんは「生きているうちに、核を使う愚かさを訴えてみたい」と話している。全国の書店で発売を始めた。
国民学校6年の時、同市西山地区で被爆し、黒い雨も浴びた。長崎商高の美術部で絵画にひかれ、デザイナーを目指して看板屋などで仕事をしていた57年冬、天主堂が取り壊されることを知った。天主堂のれんがの壁面を目にし、原爆犠牲者の血が思い浮かんだという。風雪に耐えたれんがの美しさも感じた。
「描きたい」と強い思いにかられ、58年3月末までの数カ月間、肺結核や胃かいようなどの病をおして雨の日も天主堂に通い詰めた。高価なキャンバスは買えず、安いボール紙に思いをぶつけた。指や爪も筆代わりに使い、勢い余って指から出血したこともあった。
画集は、この時描いた約100点の中から保存状態が良いものを収めた。15年ほど前、展示会で発表したことはあったが、画集にまとめたのは初めて。体調が優れず「いつまで生きられるか」という思いに加え、福島第1原発事故で核の被害者が出てしまったことも出版のきっかけになったという。
一瀬さんは「大量に汚染されてしまう核を創った人間の愚かさを思う。絶対に使わせない世の中にしたい」と話す。
17日〜23日、長崎原爆資料館で作品の一部を展示する絵画展も予定している。【釣田祐喜】
8月9日朝刊
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平和祈念式典で犠牲者にささげられる「献水」用の水が8日、長崎市松山町の平和公園の平和の泉からくみ取られた。式典では、被爆者や小中校生らが水を求めながら亡くなった犠牲者に献水する。
この日は、献水する市立長崎商高2年の下平結依さん(16)▽黒崎中3年の田口明香里さん(15)▽城山小6年の浅井喬大君(11)の3人が水くみに参加した。下平さんは被爆体験の語り部、下平作江さん(76)の孫。「祖母の平和への志を継ぎ、きれいな水をいつでも飲めるような平和な世界を伝えていきたい」と祈りと誓いを込め、水をくんだ。【梅田啓祐】
8月9日朝刊
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