Aug 10, 2010
深刻化している看護師求人
看護師求人が深刻化している地域があります。都心でも地方でも深刻化の違いはありますが、看護師が足りない状況になっているところは多いです。看護師求人をよく見かけますが、やはり病院の状況は、看護師不足になっているのでこのような状況の中、あえてジャンプに入る看護師はいないようです。医師の求人について、まだ全体的に医師不足の状態であるため、過疎地域の医師求人はいつでもある。病院がなくなれば、半径数十キロも无医村の区域は、21世紀になっても、この日本にたくさんある。また、このような過疎地域の医師求人は個人病院ではなく、公共の病院に多い傾向がある。
枝野幸男官房長官は28日午前の記者会見で、東電福島第1原発の事故で半径20キロ圏内に出ている避難指示について「立ち入りは現時点では大きなリスクがあると考えており、特に指示がない限り、決して立ち入らないでほしい」と述べ、圏内に立ち入っている一部の住民に自重を求めた。
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枝野氏は27日の記者会見で、住民による一時的な立ち入りの可能性を検討する考えを示していたが、28日の会見では「現地から(政府の)検討を待たずに当該地域に立ち入っている方がみられるとの報告があった」と述べ、現地で立ち入りが行われていることへの懸念を表明。「地域内に立ち入っている自衛隊や警察の皆さんには、防護服の着用など安全性に配慮したさまざまな手配をしている。何とか(被災地の皆さんの)要望に応えられないか模索を進めているので、ぜひ現時点での立ち入りは安全性のために慎んでいただくようお願いする」と呼びかけた。
一時帰宅の見通しについては「今のところは大気中の放射線は安定している。そうした前提で、時間を区切るとか、風向きなどによってさらに詳細な分析と検討をしていただいており、それによっては可能性がある」と述べた。【影山哲也】
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枝野幸男官房長官は28日午前の記者会見で、東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の事故発生当初、被害拡大を防ぐため菅直人首相が東京電力に対し、放射性物質を含む気体を原子炉から抜く作業を速やかに行うよう指示したものの、東電側が直ちには対応しなかったと説明した。「将来検証が必要だ」とも語った。
原発事故の対応をめぐっては、首相が事故発生の翌12日朝に福島第1原発を訪問したことが、初動の遅れを招いた可能性があるとの指摘も出ている。
会見で枝野長官は、12日午前1時半には首相と海江田万里経済産業相が(炉の気体を抜く)ベントを急ぐよう指示したと強調。さらに「(12日)午前3時ぐらいにはベントが始まると想定していたが、首相が(福島第1原発に向けて)出発する6時台になっても始まっていないということで、『早くやらないといけないんじゃないか』『どうして進んでいないのか』と、繰り返し東電に求めた」と説明した。
実際のベントは、最初に1号機で12日午後2時半に行われた。
枝野長官によると、12日の首相の福島原発訪問は、炉の気体を抜いても安全性は確保できると判断し、実施を決めたという。
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宮城県南三陸町のJA南三陸代表幹事、及川道男さん(62)は、津波で母テル子さん(83)を亡くし、妻よし子さん(61)の安否をつかめないでいる。町が波をかぶったとき、母と妻は家の中にいた。後悔が今も胸をさいなむ。我が家の安全を過信し、「うちに居ろ」と2人に言ってしまった。
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犠牲者の遺体安置所になっている伊里前小学校体育館。ここを訪れるのが及川さんの日課だ。「今日も来たよ」。遺骨になったテル子さんに線香を手向け、目を閉じ、手を合わせる。
「自分ちほど安心なとこはね。うちに居ろ」。地震が来たのは、ちょうど車で外出しようとした時だった。外にいたテル子さんを家に入れ、よし子さんにも家から出ないよう告げた。
及川さんの家が建てられたのは明治末期。明治三陸地震(1896年)の津波で家を流されたその時の当主が建て直した家だ。高台の2階建てで、石垣の上にあった。チリ地震(1960年)の津波でも浸水せず、近所の人にも「お宅は大丈夫だっぺよ」と言われた自慢の家だった。
及川さんは2人を家に避難させると、津波を確認するため、よし子さんの赤い自転車で500メートルほど離れた海岸へ向かった。海は干潮時なのに、ゆっくりとかさを増しうねっている。波が次第に勢いを増し、やがてどっと岸壁を乗り越えた。「うちまで来るはずはね」。家には寄らず自転車で近くの高台へ急いだ。
しかし丘の上から見下ろすと、傾いた我が家が家ごと流され始めていた。「逃げていてくれ」。心配だったのは脳梗塞(こうそく)を患ったテル子さんが足を引きずっていることだった。
避難所で一晩過ごした朝、海岸近くに遺体が打ち上げられていると聞き、駆けつけた。うつぶせの女性の親指のつめは見覚えのある形だった。そっとあおむけにすると、テル子さんだった。言葉も出なかった。同時に最悪の結果を悟った。「うちのおっかあは、足の悪いばあさんを置いて逃げるような人じゃねっ。おれの言いつけを守ったんか」
よし子さんの行方は分からない。せめて亡きがらだけでも見つかってほしい。「ばあさん、一緒に居たんだったら、おっかあの居どころ知らねえか」。及川さんは毎日、妻の自転車で安置所に行き、母に尋ねる。そうせずにはいられない。【山衛守剛】
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